自分をぶっ壊す旅
Bonjour,
こんにちは。
数日前に一時帰国を終え、再びフランスに戻りました。帰国の感想はまたの機会に書こうと思います。
突然ですが、「自分探しの旅」とかいうのが以前流行りましたね。僕はその言葉があまり好きではありませんでした。なんかそこに漂う意識高い系の匂いがちょっと苦手だったもので。
でもこうして自分が日本を出てみると、「自分探しの旅」と表現したくなる人がいることは理解出来るようになりました。多分その鼻につく感じは「お前と違っておれは広い視点から自分の人生見つめなおしているんだぜ」みたいな意図がにじみ出てるからなのでしょうが、そうすると僕のこのブログ、そしてこれから書こうとしている文章もその類なのではないかという葛藤に悩まされますが、あれこれ考えた挙句結局自分の中では答えが出ないので、とりあえず書くことにしました。
この10ヶ月の在仏生活を振り返ると、それはもしかして「自分探しの旅」に近いものがあったかもしれないと思うことがあります。それはいままでの価値観が崩れ落ち、本当に必要なものだけが残ったという点において、探したものが見つかったということができるかもしれません。しかしもっとふさわしい言葉でいうなら、それは「自分をぶっ壊す旅」であるだろうと思います(長期滞在であって旅じゃないだろう、という点は勘弁)。
僕が日本にいたころ追い求め信奉していた価値観、例えば出世、経済的成功、社会的地位などが気づけば脳裏から姿を消し、無欲になりました。渡仏前の僕はそれはまあ欲で肥え太った人間でした(いまは前よりマシだと願いたい)。いざこちらに来ると、僕が日本で獲得していた社会的地位(=僕の場合は学歴)とか、いまの学歴ならこれくらい出世できそうだなどという将来性など、そういったものは日本国内で日本人相手のみ通用するものであり、こちらではほとんど価値がなくなりました。そしてなんといってもフランス語が全くできないので、社会の底辺に置かれた気でした。もちろんフランス人が差別してくるとか、そういう意味じゃなくて。実際のところ、よほどお人好しでもない限りフランス語もできないやつと話そうとする人はいないし、英語での会話もやっぱりめんどくさいのでわざわざ話しかけたりしてくれないわけです。そんな状況ではどんなに出世しているか、経済的に成功しているか、社会的地位が高いか、なんでどうでもいい。どんなにかっこいい服着てるとか、趣味が洒落ているとか、そんなのも本当にどうでもよくなります。とにかくフランス語ができないやつに価値はない、そんな気分です。これはきつかったですね。映画『フルメタルジャケット』に出てくるハートマン軍曹のかの有名な一節、
"貴様らは厳しい俺を嫌う
だが憎めば、それだけ学ぶ
俺は厳しいが公平だ
人種差別は許さん
黒豚、ユダ豚、イタ豚を、俺は見下さん
すべて平等に、
価値がない!"
(ハートマン軍曹とは (サージェントハートマンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科より)
の最後を、"フランス語のできないやつは、すべて平等に価値がない!"に変えるとなんとなくわかっていただけるかもしれません。
その一方でこの苦行は僕に思わぬ心境の変化をもたらしたのも事実でしたが、その辺は前回のブログ「比較からの自由」をお読みいただけると幸いです。
ともかく、拳でぶん殴られる方がマシなくらいの日々をなんとか生き延びる中で、身にまとっていた欲がボロボロと体から剥がれていきました。その意味で「自分をぶっ壊す」というのがその感覚を最もよく表していると思います。実はこのフレーズ自体は最近見たInto the wild(インテゥ・ザ・ワイルド)という映画(というか予告編?)から借用したものです。
そして僕は歩いていく まだ見ぬ自分を出会うために
あらすじ
1990年の夏、ジョージア州アトランタのエモリー大学を優秀な成績で卒業したクリストファー・マッカンドレスは、将来の成功を約束された22歳の若者だ。ワシントンDC郊外の高級住宅街で育った彼は、NASAの航空宇宙エンジニアだった父ウォルトと母ビリーから卒業祝いとして新車を買ってやると言われるが、「新しい車なんか欲しくない。何も欲しくない」と素っ気なく答える。そしてまもなく2万4000ドルの貯金を慈善団体に寄付し、両親や妹カリーンに何も告げることなく、中古のダットサンに乗って姿をくらました。これがクリスの壮大なる旅の始まりだった。(動画付随の説明より引用)
英語版も少し違いますが、こちらもかっこいい。
主人公のクリス(劇中では偽名のアレックス)は実在の人物で、彼が旅の中で残した手記にはこう記されています。
"人生において必要なのは、実際の強さより強いと感じる心だ
一度は自分を試すこと
一度は太古の人間のような環境に身を置くこと
自分の頭と手しか頼れない
過酷な状況に一人で立ち向かうこと"
"幸福が現実となるのは
それを誰かと分かち合った時だ"
ちなみに、クリスの手記や聞き込み調査から彼の辿った道のりを綴った同名ノンフィクション(邦題『荒野へ』)が映画の原作となっています。
僕は荒野でサバイバル生活を送るほどの勇気はありませんが、
ここフランスが僕にとっての荒野なのではないかと、ときどき思うことがあります。
一時帰国は家族と再会し、多くの友人と杯を交わし思い出話に花を咲かせ、それはそれは楽しい毎日でした。そこには全てが揃っていました。海外生活をしているというだけで注目を浴び、フランス語に苦労することはありませんでした。僕の学歴が評価され、仲間内では一定の社会的地位を与えられました。将来性ある人間として扱われました。でも、そこに荒野はありませんでした。
なんの不自由もない二週間を満喫し、
そして僕はいま、荒野へ戻りました。
A bientôt